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福岡高等裁判所 昭和46年(う)394号 判決

被告人 名越功 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人名越功を無期懲役に、

被告人名越久司を懲役一三年に、

処する。

被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各一、一〇〇日をその刑に算入する。

理由

検察官山本新が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の原審検察官菅原次麿作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、弁護人三浦久が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人および被告人名越功作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

(弁護人の控訴趣意について)

所論は、要するに、原判決は、別件逮捕勾留中に作成された本件についての被告人らの供述調書は証拠能力を欠くから採用できないとしながら、別件逮捕勾留に引き続く本件逮捕勾留中の被告人らの供述調書の証拠能力についてはこれを認め、証拠として採用し、事実認定の重要な資料としている。しかし、本件逮捕勾留も違法であり、違法な逮捕勾留中に収集された供述は、違法に収集された証拠としてその証拠能力を否定すべきである。本件においては殺害行為と被告人を結びつける唯一の証拠は被告人らの自白である。したがつてこの自白を証拠能力ありとして採用した原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りがあるといわなければならない、というのである。よつて記録に基づいて検討するに、被告人らがいわゆる別件で逮捕されたのち、本件について起訴されるまでの被告人らに対する捜査機関の取調べ、逮捕勾留関係の経過は、原判決が詳細に説示するとおりである。

すなわち、昭和四一年七月五日福岡県遠賀郡水巻町の用水路に山田勝夫(二一才)の死体が浮んでいるのが発見されたが、折尾警察署は調査のうえ転落による溺死であると判定し、簡単に捜査を打切つた。しかし、右山田勝夫には死亡数ヵ月前に多額の生命保険がかけられていたことから、その死因に疑いが持たれ、折尾警察署および福岡県警察本部は再び捜査を進めた結果、被告人両名が山田を殺害したのではないかとの容疑が濃くなつた。かくて、警察当局は、右殺人事件について捜査するため、被告人功についてはテレビ一台時価六万円相当を月賦販売名下に騙取したという詐欺の事実を理由に、被告人久司については現金二五万円を銀行融資裏付名下に騙取したという詐欺の事実を理由にしてそれぞれ逮捕状の発付を受けて用意したうえ、昭和四三年一月一六日朝、被告人功を折尾警察署芦屋警部補派出所に、被告人久司を八幡警察署に、それぞれ出頭を求め、右各詐欺事件(別件)および前記殺人事件(本件)について質問を行ない、同日夕刻前記各逮捕状を執行した。被告人両名は同月二〇日右別件により勾留され、翌二一日夕刻釈放の手続がとられたが、引き続き同日午後六時本件殺人の事実を理由とする逮捕状(同月一九日請求、同日発付)により各逮捕され、同月二四日勾留、途中勾留期間の延長(同年二月一二日まで)があり、同年二月一二日右殺人事件ならびに詐欺未遂事件により起訴された。右別件および本件による逮捕勾留期間中における被告人らの本件および別件に関する供述の詳細は、原判決添付の被告人取調等事件経過表記載のとおりであり、別件逮捕勾留期間中には、別件の取調べ(被告人久司についてはやや詳細に)も行われたが、本件についての取調べも行われ、本件殺人事件についての被告人両名の大まかな自供を得たものであり、本件の取調べに主眼があつたことは否定できない。そして別件の詐欺事件は、被告人功については起訴猶予、被告人久司については嫌疑不十分という理由により結局不起訴の裁定がなされた。

しかして、本来の目的とする重大事件(本件)について被疑者を取調べ、その自供を得るため、それに比較すれば軽い事件(別件)を理由に被疑者を逮捕(勾留)し、被疑者の別件による拘束状態を利用して本件について被疑者を追及して取調べる、いわゆる別件逮捕は、適正手続の保障(憲法三一条)、令状主義(同法三三条)、不利益供述強要の禁止(同法三八条一項)の精神にもとるものであつて、その逮捕(勾留)は不当であり、右逮捕(勾留)期間中に得られた被疑者の自供は違法に収集された証拠として、原則として証拠能力を排除されるものというべきであり、被告人らに対する前記各詐欺事件による逮捕(勾留)が、客観的にみて右にいわゆる別件逮捕に該ることは、その取調べ状況の経過に徴して否定することができない。原判決も右の観点から、本件逮捕に入るまでの被告人らの司法警察員に対する各供述調書の証拠能力を認めず、これを証拠として採用していないのである。しかし、本件事案においては次のような特別の事情がある。すなわち、被告人功は前記のとおり昭和四三年一月一六日早朝芦屋警部補派出所に出頭を求められ、同日夕刻別件の逮捕状の執行を受けたのであるが、右逮捕状執行前である同日正午頃には自己の単独犯としてではあるが現場で山田を殺害した事実は認めているのである(原審証人吉村清美の供述参照)したがつて、その旨を記載した同被告人の司法警察員に対する同日付供述調書は証拠能力を有するものと認められる。しかして、被告人功は翌一七日にも本件についての取調べを受け、二通の司法警察員に対する供述調書が作成されており、うち一通は現場には被告人久司もいたが事件には関係がない旨、次の一通は被告人久司と二人で山田を殺害した旨の各記載がある。右供述調書二通は別件逮捕中の供述であるから、その証拠能力を認めるべきか否かは微妙な問題ではあるが、同被告人はその前日本件について一応自己の刑責を認めていることからみて、その証拠能力を肯定すべきものと考える。

そこで本件逮捕(勾留)中の被告人らの司法警察員および検察官に対する各供述調書の証拠能力について考えてみると、被告人らに対しては前記のとおり、昭和四三年一月一九日に本件殺人事件を理由として逮捕状が請求されたが、その疎明資料は、被告人両名とも共通して、参考人名越泰雄、名越和子、長沢隆子の各供述調書および被疑者(被告人)名越功の一部自供調書がその主要なものであり、被告人功の供述調書は前記の同月一六日付、同月一七日付(二通)のものであつたと推測されるし、名越和子、長沢隆子の各供述調書の日付は明らかにできないが、名越泰雄の供述調書は記録二、一〇六丁以下に綴じてある同月一六日付および一七日付各供述調書であつたと思われる。しかして右疎明資料はいずれも違法に収集されたものとはいえないから、本件逮捕が違法なものとはいえない。(仮りに、被告人功の別件逮捕中である同月一七日付供述調書二通の証拠能力が否定されるべきものとしても、その余の疎明資料だけで、被告人久司に対する逮捕状請求資料としても十分であると推認できる。)さらに、別件による逮捕勾留の期間は通じて各六日間であり、別件各詐欺事件の被害額が僅少とはいえず、被告人久司の別件はその内容もやや複雑であるから、別件そのものに対する逮捕勾留の期間として観察する限りにおいては不当に長いものとはいえないことなどの事情を加味して考えると、本件による逮捕勾留中の被告人らの司法警察員および検察官に対する各供述調書は、被告人功の分のみでなく、被告人久司の分も証拠能力を有するものと解すべきである。

原判決が本件逮捕勾留中における被告人らの司法警察員および検察官に対する各供述調書の証拠能力を肯定し、これを採用しているのは相当であり、所論のように法令適用の誤りをおかすものではない。論旨は理由がない。

(被告人功の控訴趣意について)

所論の骨子は、(1)生命保険をかけたのは、毎月保険料を払つていけば保険会社が金を貸してくれるし、保険外交員は顔が広いから職人を集めるのに便利であると思つたからである。また、山田を被保険者に頼んだのは、自分(被告人功をいう、以下本項において同じ)は結核をやつたことがあつて被保険者になれないし、山田とは人を集めて一諸に仕事をするようにしていたから、同人を被保険者にしたのである。保険の名義変更をしたのは事業をやつている人の方が融資を受けやすいと思つたからである。(2)保険は昭和四一年五月中頃にはやめたつもりであり、同年七月はじめ頃には失効していると思つていた。(3)本件現場で山田が金がどうのこうのというので、自分と山田が喧嘩になり、とめにはいつた被告人久司は心臓発作をおこし、自分は山田から睾丸をけられて転げまわつていた。気がついてみると、山田は用水路の中に落ちており、自分も水の中に入つて同人の身体をかかえたりゆすぶつたりしてみたが生き返らないのでそのままにして帰つた。警察に届けなかつたのは事故死だと説明しても信用してもらえないと思つたからである。(4)保険金の請求をしたのは、請求できるような状態で請求しないとかえつて疑われると思つたからである。以上のように被告人らは保険金騙取の意図もなく、山田を殺害したこともない。司法警察員および検察官に対して山田を殺害したと自白したのは司法警察員の強制、拷問、脅迫によるものである。原判決が被告人らは保険金騙取の目的で山田を殺害したと認定しているのは、事実の誤認である、というのである。

よつて記録および原審で取り調べた証拠を検討して考察するに、原判示事実は原判決挙示の証拠によつて優に認めることができる。これらの証拠によると、(1)被告人功が保険会社六社と山田勝夫を被保険者として締結した生命保険契約に基づく保険料は六社分で一ヵ月合計約二万四、〇〇〇円に達し、被告人らの経済状態からみてその負担は過重であつたこと、これに反し保険会社からの融資、または外交員による職人の世話はなんらの保証もなかつたから、右保険契約の締結が融資を受け、または職人を世話してもらうためのものであつたとは到底認めることができない。(2)保険料の支払いは途中で滞りがちになり保険外交員が立替え払いしては、当時支払場所になつていた被告人らの義兄の井手時計店で保険料を受けとるというようなことが多かつたが、山田勝夫死亡時の昭和四一年七月四日現在においては本件保険契約はすべて有効であつたこと、被告人久司は山田死亡後間もなく保険金請求手続に取りかかつていることが認められるから、本件当時被告人らが保険契約は失効していると思つていたとは認められない。(3)山田死亡前後の同人および被告人らの行動についての所論主張はとくに不自然であり、山田は平素ほとんど酒をたしなまず、事件当夜も酒類はビールをコツプ一杯位しか飲んでいなかつたところ、本件用水路は水底より水面まで約九〇糎、水深四〇糎(水底より約五〇糎は泥沼)であるから、山田があやまつて用水路に転落したとしても溺死することは考えられないこと、被告人久司は現場から自宅に帰つて山田は死んでいるかも知れんというようなことはいつているが、自己が心臓発作をおこしたなどとは話していないこと、逮捕後の被告人らの「山田を殺害したのち、用水路から上にあがつて、ウイスキーびんには指紋がついているので持ち帰らなくては危いということで地面をはうようにしてウイスキーびんを探していたら、山田の眼鏡を発見したので用水路の中に投げ捨てた」との自供にもとづき、用水路を入念にさらつたところ、右眼鏡が発見されたことなどの事実に照しても、山田がみずから用水路の中に転落して事故死したものとは到底認めることができない。山田が死亡したのは、被告人らの司法警察員および検察官に対する各供述調書(原判決採用分)にあらわれているように、被告人両名が共同して山田を水中に押えつけて窒息死させたと認定するのが相当である。(4)被告人久司は山田死亡(殺害)後執拗に保険金を請求し、ある保険会社の分については東京本社まで早く保険金を支払うように交渉にいき、ある会社の分については保険金請求の民事訴訟まで起こしているから、警察の疑惑をさけるため形式的に保険金請求手続をしたにすぎないものとは認められない。なお被告人らの司法警察員および検察官に対する各供述調書に任意性のあることは原判決の詳細に説示するとおりである。原判決が、被告人らは保険金騙取の目的で山田勝夫を殺害したと認定しているのは相当であつて、所論のように事実を誤認するものではない。論旨は採用することができない。

(検察官の控訴趣意第二点について。)

所論は、要するに、原判決は、本件公訴事実中、起訴状別紙一覧表番号(4)の事実(日本生命に対する詐欺未遂)について、被告人久司(ひいては被告人両名)に自ら金員領得の意思があつたとするのは疑問であり、山田の遺族に不当の利得を得させるということもありえないとして無罪の言渡をしたが、被告人らには第三者たる山田の遺族をして財物の交付を受けさせ、不法にこれを領得させる意思があつたと認められるから、原判決の右認定は事実を誤認するものである、というのである。

よつて記録および原審で取調べた証拠ならびに当審における事実取調べの結果を検討して考察するに、(証拠略)によると、被告人功は昭和四〇年一二月二八日日本生命保険相互会社との間に山田勝夫を保険契約者および被保険者とし、同人の実父山田寿治を保険金受取人とし死亡保険金額三〇〇万、災害保険金額一〇〇万円の生命保険契約を締結し、その後、契約者および保険金受取人をいずれも被告人久司に変更するつもりであつたが、手続上の過誤から、保険契約者のみが被告人久司に変更され、保険金受取人は山田寿治のままとなつていたこと、被告人久司は勝夫を殺害したのち、昭和四一年七月末頃日本生命八幡支部に保険金請求手続を聞きにいつたさい、保険金受取人が変更されていないことに気付き、自己名義に保険金受取人を変更してくれと要求したが、被保険者死亡後は変更できないといわれたこと、さらに、警察の事故証明をとるためには死亡者の遺族が警察署に出頭する必要があることから、勝夫に生命保険のかけてあることをその遺族に打ち明け、勝夫の実兄山田充男とともに折尾警察署に事故証明をとりに赴き、同年八月八日頃必要書類を取り揃えて、山田勝夫を殺害した事実を秘し、同人が事故死したものとして、日本生命八幡支部に対し、山田寿治名義で自ら保険金四〇〇万円の請求手続を行つたこと、保険金の送金先として福岡銀行黒崎支店に山田寿治名義の預金口座を設け、その預金通帳を保管しており、同年一一月中旬になつてようやく右通帳を勝夫の実母山田ひでに渡したことが認められる。右認定の事実に徴すると、被告人久司が前記保険金請求手続をしたさい、同被告人(ひいては被告人功)に、保険金の一部は勝夫の遺族にやるつもりであつたにしても、自ら右保険金の交付を受けこれを領得する意思がなかつたとはいえない。のみならず、保険契約者が被保険者を殺害した場合には保険者は保険金支払いの責めを負わない(商法六八〇条一項三号)から、山田勝夫の遺族に保険金全額を受取らせるつもりであつたとしても、保険契約者たる被告人久司が勝夫を殺害した事情を秘し、事故死したものとしてなした保険金請求は違法であるから、山田の遺族に保険金を受領させることは、不法に領得させることであり、被告人久司に不法領得の意思がなかつたとはいえない。そうすると、日本生命に対する生命保険金詐欺未遂の点につき、被告人らに不法領得の意思が認められないとして無罪を言渡した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明白な事実の誤認があり、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて検察官の控訴趣意第一点量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、次のとおり自判する。

(当裁判所で新たに認めた罪となるべき事実)

被告人らは共謀のうえ、被告人久司において、昭和四一年八月八日頃北九州市八幡区上本町一丁目二番地の一八日本生命保険相互会社八幡支部において、同支部長永野久登に対し、山田勝夫を被保険者、被告人久司を契約者、山田寿治を保険金受取人とする保険金額合計四〇〇万円の生命保険契約に関し、山田勝夫を殺害した事情を秘し、同人があやまつて溺死したように装つて、山田寿治名義で保険金請求手続をなし、保険金四〇〇万円を騙取しようとしたが、右保険会社が死因に不審を抱きこれに応じなかつたため、その目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

原判決の認定した事実および当裁判所の認定した事実に法令を適用すると、原判示第一の事実は刑法一九九条、原判示第二の事実および当裁判所の認定した事実は各同法二五〇条、二四六条一項(以上はさらに同法六〇条)に該当し、以上は各同法四五条前段の併合罪であるがその犯情について按ずるに、被告人功は幼な友達の山田勝夫が思慮未熟であるのに乗じその承諾を得てこれに多額の保険金をかけ同人を殺害して事故死にみせかけて保険金を取得しようと企て、被告人久司も右計画を打明けられると弟の犯行を思いとどまらせることなくたやすくこれに同調して山田殺害の機会をうかがい、遂に共同して同人を殺害し、警察当局が同人の死を事故死と認定したことをよいことにして関係保険会社に対し保険金の請求をしたものであつて、保険金詐取の点は未遂に終つているものの、自己の金銭慾を満足させるために前途のある若者の生命を奪つた行為は強盗殺人にも比肩すべき重大な犯罪であり、ことに主謀者たる被告人功の刑責はこの上なく重いものであると思われないでもないが、同被告人が計画の実行を何回かためらつた点において僅かながらも人間らしさが認められること、さらに被告人両名を通じて山田が年が若いとはいえ自己に生命保険をかけることを承諾し、それを理由に被告人らに金員を要求していたことがうかがわれて遺憾に思われること、被告人らはこれまで前科らしい前科もなく大過なく世をすごしてきたものであること等の事情も認められるので、被告人功については原判示第一の罪につき無期懲役刑を選択して同被告人を無期懲役に処し、刑法四六条二項によりその余の罪の刑はこれを科さないこととし、被告人久司については、原判示第一の罪につき有期懲役刑を選択し、同法四七条本文、一〇条により最も重い原判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役一三年に処する。なお同法二一条により被告人両名に対し原審における未決勾留日数中各一、一〇〇日をその刑に算入し、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書に従い被告人らに負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

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